司法試験を目指す受験生の皆様へ(7)~司法試験が求めていること~ 

1 司法試験問題が問う基礎能力

法科大学院ができて、点から線への教育理念が打ち出されました。これまで司法試験一本で実務家登用を判断してきたのが、その前に法科大学院をおいて実務につながる教育をほどこし、その教育の結果の出来栄えを司法試験で問うことになりました。合格後、実務修習でさらに1年間教育し、実務家に登用され仕事をしながら教育を受け、いずれ実務家として独り立ちしていく「線」教育の構想です。
そして、司法試験は、法科大学院教育の集大成をみる試験として、今も司法試験委員となった実務家や法科大学院教員が一緒になって議論を重ねて問題を作成されているのだと思います。そして、答案を採点し、実感を発表して、実務に求められる力というのはこういう点ですよ、こちらに向かってきてくださいね。と誘導しているのです。

2 司法試験実感の公表

司法試験合格発表後、司法試験管理委員会は、「司法試験の採点実感等に関する意見」として、採点方針と採点実感を公表し、答案の例として、「優秀に該当する答案」「良好に該当する答案」「一応の水準に該当する答案」「不良に該当する答案」に分類して採点後の意見を述べています。平成28年度の民法のそれを見てみますと、「優秀に該当する答案」は、問題文のなかの論点を論理的な順に並べ、整理して法的構成し、規範(基準)にあてはめる部分で結論を導き出している答案がそれにあたる旨が記載されています。また「良好に該当する答案」は、「優秀に該当する答案と比べたとき,検討すべき事項の一部について考察を欠くものやその考察が不十分なものである」ものであるとしています。そして、「一応の水準に該当する答案」が、第1の例として、「法律問題相互の関係の理解が不明確なもの」である。第2の例として、「適切な事案解決にはふさわしいとは思われない法律構成を問題にするもの」が挙げられています。
司法試験が求めている答案例は、「優秀に該当する答案」なのです。そして、そこまで基礎的な力がないとしても、その一部について考察を欠いたり、不十分だったりする程度が最低限のものだと思うのです。せめてその基礎能力がないと、実務についても仕事ができません。それが法的思考能力の基盤を意味するものだと思います。しかし、「この程度」マインドは、もしかしたら「一応の水準に該当する答案」を目指しているのではないのでしょうか。

3 基礎力への未到達

司法試験合格という「点」は通過はしたものの、「点」で本来求められている基礎的な能力に到達していない人が多いのは、この「一応の水準」にありそうです。法科大学院では、いろいろな法科目で、研究者教員と実務家教員が、理論的な観点からあるいはまた実務的な観点から指導をしています。しかも、すべてのカリキュラムを終えるというスケジュールは、法科大学院教育を受けていない我々からすれば、なんでも教えてもらえて、誘導してもらえて、しかも早くから実務家と出会い、実務家的な視点を盛り込んだ講義やゼミを受けることができる環境はうらやましいなと感じるほどです。
しかし、司法試験を合格してきた司法修習生や弁護士の一部は、実務家になる線上にのっていないのです。実務家になる中間点の司法試験を通過していながら、実はその能力や資質の基礎ができていないのです。受験生として目指すのは、「優秀に該当する答案」でなければならないのです。その過程で、勉強が足りずに「良好に該当する答案」と評価されてしまうかもしれないけれども、実務家として仕事をすることを求めているならば、「一応の水準」を目指してはいけないのです。

4 解く力と基礎力

司法試験の答案は、法律関係を分析することをもっとも基礎にして作成していきます。法律関係を分析するとは、つまり、特定の当事者の権利と義務を正確に把握することです。これに尽きます。民事の紛争が発生したときに、原告側にある弁護士として、被告側にある相手方に対して、どうすれば依頼者の権利を主張できるのか、その場合、民法のどの条文を使って、どのような順番で説明していけば、権利主張が通っていくのか。これを逆に相手方からみた場合、どのような点を主張して攻撃すれば、訴える原告側の権利主張が通らなくなるのか。これを司法試験は問うているのです。司法試験では、非常に詳細な事案が提示されています。この事例を、条文、その他当該法律のいろいろな言葉の定義、要件を使って権利と義務に分析していきます。そして、判例など要件発生、要件障害、要件消滅などの規範(基準)となるツールを使って、結論に至るまで、論理的に説明していくのです。これが法的構成であり、基礎的な力であり、「解く力」なのです。
ひとつの事案について、民法なら民法の条文、言葉、大きな論点の通説的な見解、判例などのツールを使って、分解し、結論を出し、その過程を説明していくのです。実務では、結論を出すことが必須です。結論の出ない実務はありません。必ず、結論を出さなければならないのです。民法条文がどうなっているのか、判例はどうなっているのか、有力な学説はどう考えているのか、これらの道具をつかって結論まで論理的に説明していく。これを司法試験にあわせて表現した言葉が「解く」ということなのです。

2018.9.17
(井口寛司)

→司法試験を目指す受験生の皆様へ(8)~司法試験受験生は問題を解いていない~

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