司法試験を目指す受験生の皆様へ(1)~将来につながる司法試験の受験勉強をしてください~
はじめに
私は、神戸で30年間弁護士をしてきました。また独立開業して25年が経過しました。神戸地域は、神戸市だけでも人口150万人を超える地方都市です。芦屋市、西宮市、尼崎市、明石市などの周辺人口も入れると360万人の市場が形成され、膨大な法務ニーズが存在しています。たまたま司法修習が神戸であった私は、この地域で弁護士をすることを決めました。そして、阪神淡路大震災という未曽有の都市型震災の復興に携わりながら、この阪神・神戸地域を自分の地域として、ここに生起する法務ニーズに真剣に向き合ってきました。
離婚や遺産分割の家事事件、不動産や交通事故の損害賠償事件、企業の再生や倒産事件、自治体にかかわる訴訟事件、第三セクターの負債整理事件、中小企業の取引先との紛争、労務事件、銀行、信用金庫のコンプライアンス、各種中小企業法務、また海外進出支援など、ここで生起する法務ニーズに対応してきました。そして、まだまだこの地域には潜在的にもさまざまなニーズが存在します。そのためにこの地域で発生するいろいろな問題に対処できる弁護士と地域経済を健全に発展させるために尽力できる弁護士が必要となっています。つまり、地域には地域の信頼される法律事務所が必要なのです。個人でも企業でも自分が抱えている法律問題を解決するためには、その地域で信頼され、存続する法律事務所の存在はひとつのインフラであり、地場産業とも言えるのではないでしょうか。
私どもの法律事務所は、「喜びと笑顔に出会うために」という理念のもと、神戸・阪神地域のインフラとなるべく、ここまでの四半世紀の実績と信頼を得たうえで、地域の人と企業とともに神戸・阪神の経済の発展と市民の権利保護を実現するために経営を続けていきたいと思っています。そのためには、若手弁護士の育成が必須です。弁護士としてあるべき姿を追求し、同じ思いを共有しながら、正しい思いを正しく実現する弁護士事務所をずっと続けていきたいのです。
法科大学院ができた年から5年間、私は、法科大学院で教員をさせていただく機会を得ました。そして、またここ2、3年、司法試験受験生と話す機会を得てきました。司法試験の勉強方法について、サマークラークに来てくれた現役の法科大学院生、司法試験に失敗してしまった法科大学院修了生も実際に指導する機会を得ました。そして、今の法科大学院の学生たちの具体的な勉強方法、その問題点、そしてマインドを実際に見聞してきました。そこで、私は、ふと気づいたのです。これまで私は、私どもの法律事務所のなかで現実に起きてきた若手弁護士の育成のこと、ひとりの先輩弁護士として後進指導に悩み続けてきたこと、感じてきたことなどまったく表に出さないできました。それは、基礎力の評価は、ある意味で、個人の資質という側面が強く、また、私自身の指導力の問題にも起因することが大きいと考えていて、私の悩みは、個人的な悩みであると考えてきたからです。しかし、私がここまで悩んできた最近の弁護士育成の悩みは、もしかしたら、個人の資質等は無関係の法科大学院において「蔓延している」司法試験勉強方法に原因があるのではないかという仮説に行きついたのです。
もしこのまま私たち先輩弁護士が、個々の法律事務所で起こっている新人弁護士育成の悩みを本音で語ることをせず、自分が経営する法律事務所の個人的な問題として解決をしようとしていたのでは、問題は解決しないばかりか、毎年毎年同じことが繰り返され、結果的に、司法権の堕落という重大な危機に足を踏み入れてしまうのではないかと考えたからなのです。すでに言い尽くされた感があるこの期に及んでではありますが、司法試験を目指す法科大学院生に対し、しっかりとした実務家になってほしいという思いを込めて、これを書くことに致しました。
司法試験は、プロフェッショナルになるための登竜門です。実務家のほんの入り口にすぎません。そして、司法試験は、その基礎の基礎があることを試しています。それを忘れないで、いま一度、司法試験が求める基礎力をしっかりと勉強することによって、プロの法曹に必要な基礎力につながる勉強をしてほしいと思ったのです。しっかりとした基礎力をつけたうえで合格を勝ち取ってほしいのです。その意味では、実力がもし付いていないのであれば、不合格をもらったほうがよいのかもしれません。合格したい気持ちは痛いほどわかります。私もかつて司法試験を真剣に受験してきたのですから。
しかし、あなたは本当のプロになりたいのではないのでしょうか。弁護士業は、ますます厳しさを増しています。そんな時代とわかっていながら、司法試験の受験をし、プロになろうとしているのですから、承知のうえであるはずです。ただただ、プロとなって、人を救いたい、基本的人権擁護と社会正義実現のために力を尽くしたいと思っているのであれば、その夢であった弁護士というプロになりたいのなら、今、たまたまの合格をもらうよりは、真の実力をつけてから合格したほうがいいと思うのです。
どんな時代が来たとしても、本物の弁護士に対するニーズは残るはずです。世の中に必要な能力を具えているのなら、その能力はきっと求められるはずなのです。
2018.9.17
(井口寛司)