改正プロバイダ責任制限法をよみとく 第3回 改正法のポイント(前編)~新たな裁判手続の創設~(弁護士 福永晃一)
改正法では何が変わるのか
第2回では、現行法の主要な問題点を2つ取り上げました。
一つ目は、発信者情報開示に係る時間・労力・費用の大きさ、二つ目は、現行法下で請求可能な情報開示では発信者が特定できないケースの増加でした。
改正法では、以下の表のとおり、これらの問題点を解消するためのアプローチがなされています。
現行法問題点 | 改正法 |
発信者情報開示に係る時間・労力・費用の大きさ | 新たな裁判手続の創設(非訟) |
現行法下で請求可能な情報開示では発信者が特定できないケースの増加(ログイン型投稿サービスの出現) | 開示請求を行うことが出来る範囲の見直し |
今回は、一つ目の新たな裁判手続の創設について解説いたします。
従来の手続に「加えた」新たな裁判手続の新設
改正法では、従来の手続に「加えて」新たに簡易な裁判手続を創設しています。
具体的には、裁判所の非訟手続(訴訟以外の裁判手続。訴訟手続に比べて手続が簡易であるため、事件の迅速処理が可能となります。)により発信者情報の開示ができるようになります。
この非訟手続のもとでは、申立人は、「発信者情報開示命令」、「提供命令」、「消去禁止命令」という3つの命令の申立てをすることとなります。
上記非訟手続は、現行法よりも簡易な手続と言われていますが、手続の流れ自体は非常に独特かつ複雑・難解であり、この点について詳細かつ分かりやすく丁寧に解説した文献等は今のところ多くはありません。
そこで、本記事では、SNSなどの匿名サイトでの発信者の投稿に対し、申立人が上記3つの命令の申立てを行うことで発信者情報の開示を実現する流れについて、当事者関係図をもとになるべく詳細かつ分かりやすく解説いたします[1]。
また、手続の流れを解説していく中で、今回の改正法において重要となる部分については、(POINT)として、現行法における手続とどのような点で異なるのかを対比して解説いたします。
①発信者情報開示命令の申立て+提供命令の申立て
申立人は、サイト管理者を相手方として、裁判所に対し、発信者情報開示命令の申立てをするとともに(8条)、付随的にサイト管理者が保有するIPアドレス等により特定される接続プロバイダの名称等の情報の提供命令の申立てをします(15条1項)。
②申立書の写しの送付
裁判所は、申立人からの発信者情報開示命令の申立てを受け、サイト管理者に対し、発信者情報開示命令の申立書の写しを送付します(11条1項)。
③提供命令
裁判所は、申立人からの提供命令の申立てを受け、発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するために必要があると認めるとき、サイト管理者に対し、接続プロバイダの名称等の情報を申立人に対して提供することを命令します(15条1項1号)。
(POINT) 提供命令により、申立人は、サイト管理者に対する発信者情報開示命令の申立に対する発信者情報開示命令の申立についての裁判所の決定を待つことなしに接続プロバイダの名称を知ることが可能となります。 現行の発信者情報開示手続においては、サイト管理者に対するIPアドレスの開示の仮処分という裁判所の決定を経なければ、申立人において開示されたIPアドレスをもとに接続プロバイダの名称を把握することができません。 そのため、現行の手続よりも迅速に申立人において接続プロバイダの名称を把握することができるようになると考えられます。 申立人において接続プロバイダの迅速な把握が実現できることにより、申立人は、後述の消去禁止命令(⑤参照)を速やかに申し立てることができ、これによりサイト管理者との裁判中に接続プロバイダの保有する発信者情報が消去されてしまうリスクを軽減することが可能になります。 |
④接続プロバイダの情報提供
サイト管理者は、裁判所からの提供命令に応じ、申立人に対し、接続プロバイダの名称等の情報を申立人に対して提供します。
⑤発信者情報開示命令の申立て+消去禁止命令の申立て
接続プロバイダの名称を把握した申立人は、今度は接続プロバイダを相手方として、裁判所に対し、発信者情報開示命令の申立てをするとともに(8条)、付随的に接続プロバイダが保有する発信者情報の消去禁止命令の申立てをします(16条1項)。
なお、接続プロバイダに対する発信者情報開示命令事件は、サイト管理者に対する発信者情報開示命令事件が係属している裁判所の管轄に専属することとなります(10条7項)。
(POINT) 現行の発信者情報開示手続においては、同一の投稿について、サイト管理者に対するIPアドレスの開示仮処分の発令を経た後に、接続プロバイダに対する発信者の住所氏名の開示請求についての裁判を経る必要があり、それぞれ別個独立の裁判手続を経る必要があります。 別個独立の裁判手続を経るということは、同一の投稿について発信者情報開示が認められるための要件該当性の審理についても二度行うこととなります。 一方で、改正法では、③で述べたとおり、サイト管理者に対する発信者情報開示命令に関する終局的判断がなされる前に、裁判所の提供命令により一旦サイト管理者から接続プロバイダの情報が申立人に提供されます。 そして、申立人が続いて申し立てる接続プロバイダに対して発信者情報開示命令事件は、改正法においてサイト管理者に対する発信者情報開示命令事件と必ず同一裁判所に係属することとなっているため、同一裁判部の同一裁判官により併合審理されることになるはずであり、2つの手続が一本化されるような仕組みが整えられています。 これにより、現行手続とは異なり、同一の投稿について発信者情報開示の要件に関する審理は一度で済むこととなります。 |
⑥発信者情報開示命令の申立てをした旨の通知
申立人は、サイト管理者に対し、接続プロバイダを相手方として、裁判所に対し、発信者情報開示命令の申立てをした旨を通知します(15条1項2号)。
⑦発信者の特定に必要なIPアドレス等の情報提供
サイト管理者は、申立人からの通知を受け、接続プロバイダに対し、IPアドレス等の情報を提供します。
⑧申立書の写しの送付
裁判所は、申立人からの発信者情報開示命令の申立てを受け、接続プロバイダに対し、発信者情報開示命令の申立書の写しを送付します(11条1項)。
⑨消去禁止命令
裁判所は、申立人からの提供命令の申立てを受け、発信者情報開示命令の申立てに係る侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するために必要があると認めるとき、接続プロバイダに対し、発信者情報開示命令事件が終了するまでの間、接続プロバイダが保有する投稿者の発信者情報を消去してはならないことを命令します(16条1項)。
⑩発信者への意見聴取義務
サイト管理者・接続プロバイダは、申立人から発信者情報開示命令の申立を受けたとき、申立人からの発信者情報開示の請求に応じるかどうかについて、発信者の意見(発信者が情報開示に同意しないときはその理由も含む。)を聴取しなければなりません(6条1項)。
⑪当事者への陳述聴取義務
裁判所は、発信者情報開示命令の申立てについての決定をする前に、当事者からの陳述聴取をしなければなりません(11条3項)。
陳述の聴取の方法は、裁判所の裁量に委ねられており、審問期日を開かずに書面による陳述の方法を取ることも可能です。
(POINT) プロバイダ責任制限法が、被害者の権利救済の利益と発信者の表現の自由、通信の秘密といった利益とのバランスを意識した法律であり(連載第1回参照)、発信者情報開示命令においても両者の利益のバランスを図るために、当事者双方に攻撃防御の機会を十分に保証する必要があることに基づき陳述聴取義務が規定されています。 |
⑫発信者情報開示命令
裁判所は、開示要件を満たしていると判断した場合、サイト管理者及び接続プロバイダに対し、申立人へ発信者情報の開示することを命じることとなります(8条)。
⑬開示命令を受けた旨の通知
サイト管理者・接続プロバイダは、発信者情報開示命令を受けたときは、発信者に対して通知をすることが困難であるときを除き、⑩の意見聴取において開示請求に応じるべきではない旨の意見を述べた発信者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければなりません(6条2項)。
⑭発信者情報開示
サイト管理者・接続プロバイダは、裁判所による発信者情報開示命令を受け、申立人に対し、自らが保有する発信者情報を開示することとなります。
※次回は、改正法のポイント(後編)について解説いたします。
(弁護士 福永 晃一記)
[1] 手続については同時並行的に行われるものもあるので、順番は前後するものがあります。また、本記事の投稿は改正法の手続運用前であることから、あくまで現時点での執筆者の理解を前提に作成したものです。