改正プロバイダ責任制限法をよみとく 第2回 改正の経緯、現行法の問題点(弁護士 福永晃一)

改正の経緯

 プロバイダ責任制限法は、成立から約20年の間、実質的な改正がなされていません。省令について何度かの改正があるくらいです。

 しかし、この20年の間に、インターネットサービスは多様化し、スマートフォンの普及等により利用者も爆発的に増加してきました。TwitterやFacebook、Instagramなど海外事業者が提供するSNSが現れ、人々の間で急速に普及し、誰でも自由に簡単に自分の意思で情報を発信することができるようになったことと引き換えに、インターネット上での誹謗中傷などをはじめとする権利侵害も増加してきたため、被害者の権利救済に対する意識が高まってきました。

 また、プロバイダ責任制限法が成立した当時に想定していなかった変化も出てきたため、現行法のままで被害者の円滑な権利救済を図ることには限界がありました。

 そのような状況をもとに、総務省が「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を開き、法改正に向けた検討をする流れがありました。

 加えて、2020年5月には、テラスハウス出演者の木村花さんの事件があったことで、匿名でのインターネット上の誹謗中傷が人を深く傷つけるということが社会問題となったことから、インターネット上の誹謗中傷への対応策について検討することが政府の緊急の政策課題となりました。

 その結果、インターネットでの誹謗中傷などの権利侵害につき、より円滑に被害者救済を図るべく、発信者情報開示について新たな裁判手続を創設するなど、制度的見直しを図ることを目的とした本改正がなされました。

 

現行法の問題点

 現行法には大きく分けて、以下の二つの問題があります。

⑴ 発信者情報開示に係る時間・労力・費用の大きさ

 裁判上の手続を経て匿名の発信者に関する氏名住所の開示を受けるには、大きく2段階の手続が必要となることが多いです。

 第1段階目に、サイト管理者(コンテンツプロバイダ)から、IPアドレスを開示してもらい、第2段階目に、そのIPアドレスを管理する接続プロバイダ (アクセスプロバイダ)に対し、IPアドレスを使用した発信者の氏名住所の開示請求をすることになります。

 サイト管理者に対するIPアドレスの開示請求と、接続プロバイダに対するIPアドレス使用者の住所氏名の開示請求のいずれも裁判手続を利用した場合、発信者の氏名住所が判明するまでに、少なくとも半年以上はかかります。

 また、サイト管理者である主要なSNS事業者の多くは海外事業者であり、海外事業者を当事者とする裁判手続の場合、余計に時間が掛かってしまいます。

 このように発信者開示請求には非常に時間がかかる一方で、事業者は一定の期間が経過すると通信記録を消去してしまうことがあります。このため、サイト管理者に対し IPアドレスを開示請求している間に、接続プロバイダの通信記録が消えてしまう問題(ログ保存期間の問題)があります。

 さらに、手続が重層化していることにより、手続にかかる負担が増えることから弁護士費用も高額化してしまいやすくなっています。

 発信者情報開示は、被害者が発信者に対して損害賠償請求などをすることで被害を回復するためのスタート地点となるものですが、現行法では、このスタート地点に立つまでに非常に長い時間と手間をかけざるを得ないことになってしまっており、被害者の円滑な権利救済の支障となってしまっています。

⑵ 現行法下で請求可能な情報開示では発信者が特定できないケースの増加

 現行法では、発信者情報の開示対象として、「権利の侵害に係る発信情報」と規定しています。これは、投稿時の情報を想定して規定されたものです。

 しかし、近年では、SNSなどのログイン型サービスでは、SNS事業者のもとに発信者の投稿時の通信記録は残されておらず、発信者のログイン時の情報しか保有していない場合があります。

 そして、現行法下では発信者のログイン時情報の開示が認められるかどうか、裁判例が分かれています。

 このように、現行法は、発信者の投稿時のIPアドレスが開示されることを前提に作られているため、サイト管理者が発信者の投稿時のIPアドレスを保有しておらず、ログイン時のIPアドレスしか開示しないケースでは、現行法の厳密な法解釈上発信者の情報に係るIPアドレスの開示が認められないことになってしまいます。

 これでは、被害者は発信者の氏名住所にたどり着くことができず、被害者の権利救済を実現することができません。

 

〈key points〉改正の経緯、現行法の問題点

①プロバイダ責任制限法は、成立後約20年経過し、インターネットを取り巻く実情に対応できない部分が出てきたため、改正がなされた。

②現行法の定める発信者情報開示請求については、発信者の氏名住所の開示を受けるまでにトータルでかかる時間・労力・費用が大きい。

③現行法で開示が認められる発信者情報には、発信者がSNSサービスにログインした時点のIPアドレスが含まれておらず、現行法において開示が認められる発信者情報の範囲が現在のインターネットを取り巻く実情に対応していない。

 

※次回は、改正法のポイントについて解説いたします。 

(弁護士 福永 晃一記)

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