住宅手当・通勤手当の支給内容に相違がある場合の対応(同一労働・同一賃金) ~前編・基本知識の整理~(弁護士 高橋弘毅)
1 「同一労働・同一賃金」とは
「同一労働・同一賃金」については、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略称:パートタイム・有期雇用労働法。以下「法」といいます。)により、現在、あらゆる事業主に取組みが求められていますが(法第8条・第9条)、その取組みにおいて、押さえていただきたいポイントが三つあります。
一つ目は、「同一労働・同一賃金」は、正社員と有期雇用労働者あるいは短時間労働者(以下、有期雇用労働者と短時間労働者を総称する場合、「有期雇用労働者等」といいます。)との間で求められており(無期雇用のフルタイム労働者と有期雇用労働者等との間でも求められていますが、本稿では割愛します。)、正社員の間や有期雇用労働者等の間で求められているわけではないこと。
二つ目は、「同一労働・同一賃金」は、基本給、賞与、各種手当などの賃金だけではなく、休暇、私傷病休職、福利厚生などの賃金以外の待遇も対象となること。
三つ目は、「同一労働・同一賃金」とは、正社員の待遇と有期雇用労働者等の待遇に相違を設けること自体は認めた上で、不合理な相違を禁止する「均衡待遇」(法第9条)と、有期雇用労働者等であることを理由とした差別的取扱いを禁止する「均等待遇」(法第8条)の二つのことであり、「同じ仕事をしている人には同じ額の賃金を払いなさい」というものではないことです。
2 「均等待遇」が求められる場合
「均等待遇」が正社員と有期雇用労働者等との間で求められるのは、当該有期雇用労働者等について、①「職務の内容」(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)が正社員と同一であり、②雇用関係が終了するまでの全期間において、「人材活用の仕組み」(「職務の内容」の変更の範囲と配置の変更の範囲)が正社員と同一であることが見込まれる場合です。
もっとも、①「職務の内容」が正社員と同一であるか否かは、職種や権限、求められる役割・成果などが実質的に同一であるか否かにより、②「人材活用の仕組み」が将来にわたって正社員と同一であることが見込まれるか否かは、経験する可能性のある職務の範囲や人事異動、昇進、役割の変更、転勤の有無・範囲などが著しく異なるか否かによりそれぞれ判断することになります。
正社員と有期雇用労働者等とでは、通常、①権限、求められる役割・成果が異なり、②経験する可能性のある職務の範囲や人事異動、昇進、役割の変更、転勤の有無・範囲にも大きな違いがあるため、①、②の要件をともに満たして「均等待遇」が求められる場合はほとんどないと思います。
3 「均衡待遇」が求められる場合
他方、「均衡待遇」が正社員と有期雇用労働者等との間で求められるのは、当該有期雇用労働者等について、①「職務の内容」が正社員と同一ではない、あるいは「職務の内容」が同一でも、②雇用関係が終了するまでの全期間において、「人材活用の仕組み」が正社員と同一であることは見込まれない場合です。
つまり、「均等待遇」が求められない場合は、必ず「均衡待遇」が求められることになります。
4 「均衡待遇」とは
上記1において、「均衡待遇」とは、正社員の待遇と有期雇用労働者等の待遇に相違を設けること自体は認めた上で、不合理な相違を禁止するものであると説明しましたが、正確には、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、①「職務の内容」、②「人材活用の仕組み」、③その他の事情の内、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならないというものです(法第9条)。
ここでも、押さえていただきたいポイントが三つあります。
一つ目は、賃金総額ではなく、基本給、賞与、通勤手当、精皆勤手当、時間外手当、食事手当、住宅手当、休暇、私傷病休職などの待遇の一つ一つが比較対象とされること。
二つ目は、当該待遇の性質や目的と関連しない事情は、待遇の相違が不合理と認められるか否かの判断において捨象されること。
三つ目は、当該待遇の相違が合理的なものでなければならないとしているわけではなく、積極的に「不合理」と認められる相違を許さないとしていることです。
5 住宅手当・通勤手当の支給内容に相違がある場合の対応の検討
以上の「同一労働・同一賃金」についての基本知識の整理を踏まえて、後編では、「均衡待遇」が求められる場合に、住宅手当と通勤手当をそれぞれ正社員に支給する一方で、有期雇用労働者には支給していない、あるいは支給はしているが金額が異なるときに、事業主がどのように対応すべきかを検討したいと思います。
なお、住宅手当については、最高裁がハマキョウレックス事件(平成30年6月1日判決)で相違(正社員には2万円を支給、有期雇用労働者には支給なし)を不合理ではないと判断した一方で、メトロコマース事件(令和2年10月13日判決)と日本郵便東京事件(令和2年10月15日判決)では上告を受理せず、それぞれ相違(前者は、正社員には扶養家族がある場合に1万5900円、扶養家族がない場合に9200円をそれぞれ支給、有期雇用労働者には支給なし。後者は、正社員には住居を新築・購入・賃貸した場合に上限2万7000円を支給、有期雇用労働者には支給なし)を不合理と判断した高裁判決が確定しています。
通勤手当については、厚生労働省の同一労働・同一賃金ガイドライン(厚生労働省HP:全文ガイドライン (mhlw.go.jp))において「短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者(注:正社員)と同一の通勤手当を支給しなければならない」とされており、最高裁もハマキョウレックス事件(平成30年6月1日判決)において相違(正社員には公共交通機関利用の場合に上限5万円を支給、有期雇用労働者には3000円を支給)を不合理と判断しました。
しかしながら、最高裁判決で当該待遇の相違が不合理、あるいは不合理ではないと判断されていたとしても、最高裁判決は、あくまで、事案における具体的事実を前提として、その限りで下された判断ですので、前提となる具体的事実を異にする他の事案で同じ判断がなされるとは限りません。
また、厚生労働省の同一労働・同一賃金ガイドラインも、行政の考え方を示した指針であり、法的拘束力を有するものではなく、司法(裁判所)では異なる認定がなされることは十分あり得ます。
後編では、これらのことを踏まえて検討していきます。
(後編へ続く)