【新型コロナウイルス対策ブログ】預金口座への強制的な紐付け―マイナンバー法の改正―

1 特定給付金のためのマイナンバー利用

  新型コロナウイルス感染症対策としての事業者向け持続化給付金や全国民向け特別定額給付金の交付手続がかなり遅れました。そしてその原因が、マイナンバーと銀行口座の紐付けができていないことにあったとして、先日閉会した第201回国会において、議員立法により「特定給付金等の迅速かつ確実な給付のための給付名簿等の作成等に関する法律」が上程され、閉会中審査にて継続審議中となっています。

  この法律は、各行政機関が緊急時の給付金の事務についてマイナンバーと紐付けされた「給付名簿」を作成すること、そして、たとえば国税庁が所得税申告手続で国民から取得する還付金口座の銀行口座について、「個人の申出」に基づいてマイナンバー付きで国に登録しておくことで、国は緊急時の給付金の事務を行う行政機関に対し、振込口座情報を提供できることとするものです。

  本年6月9日、高市総務大臣は、この法案提出に関する記者会見において、現在は任意とされている銀行口座と個人番号の紐付けについて、これまでは全口座と個人番号を紐付けしたいと考えていたが、景気対策や福祉目的など政府が行う多様な給付金を支給するために「一人一口座」について「強制的に」紐付けする法改正を提案したいと発表したのです。

2 マイナンバー法の意義と対象情報の情報連携

  マイナンバー法は、正確には「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(2015年10月施行・以下「番号法」という。)といいます。つまり、この法律は、国民ひとりひとりに付された12桁のマイナンバー(個人番号)で個人の特定を行い、国の省庁相互間、地方公共団体と国との間の行政手続で個人情報をやりとりする際に、行政機関が保有している情報(税務申告情報など)と個人を「紐付け」をするための法律なのです。特に日本人の場合、漢字表記の関係で同姓同名も多く、「つくり」や「へん」には新字体、旧字体があるなど個人の特定が極めて難しいことから、個人番号は行政事務のオンライン化による情報の連携にとって不可欠なものなのです。

  たとえば、税務署に所得申告を行った際の所得に関する情報は、その後市町村に提供され住民税の課税に利用されていますが、マイナンバーを介することによって誰の情報であるかが間違いなく特定できることでオンライン化され、紙ベースでなされている照会や回答などの膨大な量の手続きがなくなって行政事務作業に要する時間と労力を大幅に省力化することができるのです。

  IT立国エストニアでは、国民数は日本の約1/10ですが、住民登録、税務申告はもちろん会社設立や不動産登記、車両登録などまで行政手続のほとんどがオンライン化され、また民間企業の顧客誘引等にも積極的に利用されています。しかも、マイナンバーカードに相当する「eIDカード」の普及率は99%となっており、このeIDカードは、健康保険証、病院の診察券などの役割も果たし、自らのIDカードとしてだけではなく、各種の手続や医療情報へのアクセスなど幅広い機能をもっています。

  しかし、日本では、まずは当面、社会保障、税、災害対策の分野に限定された情報連携となっています。しかも現時点では、マイナンバーにより紐付けされる対象情報は、児童手当や介護保険、地方税の減免手続きなど健康保険、労働関係、奨学金関係などの手続に限られていて、年金関係手続についてもようやく試行運用が開始され始めた段階です(2020.06.20現在の内閣府HP「マイナンバー」情報連携の対象手続について)。しかも地方公共団体ごとの情報検索システムが区々になっているなどの理由により、いまだに多くの手続が紙ベースでなされているのが実態なのです。また、マイナンバーカードの普及率も20%程度と低調のまま推移しています。

3 預金口座への強制的な紐付けの必要性

  今回の議員立法による給付金口座に関する法律案は、緊急時の給付金の事務について、行政機関が給付金事務を目的とした「給付名簿」でマイナンバーと銀行口座(銀行名、支店名、預金の種類、口座番号)を紐付けしておくこととしたものです。また、高市総務大臣の会見では詳細は明らかにはなっていませんが、国が国民から強制的に一つの銀行口座番号を取得し、この「一口座のみ」についてマイナンバーと紐付けして保有しておく法案を検討すると言っているものと考えられます。

  これに対して、「全ての銀行口座」と個人番号の「強制的な紐付け」とは、個人が有するすべての銀行口座と当該個人が同意なくして紐付けされることをいいます。つまり、銀行に預金口座を開設するときに常にマイナンバーを届けなければ、銀行口座の開設ができないということです。そのうえで、番号法によって、一定の目的で一定の個人情報について行政機関相互の情報の連携が開始されるということです。たとえば、国税庁がある人に脱税の疑いをもった場合、脱税調査目的で、個人番号を特定したうえで、その個人番号の口座の残高や取引履歴を開示するよう銀行に求めることができることが想定されます。

  しかし、公共政策的にみますと、このような情報の連携は、税の公平な負担、税務調査の省力化、脱税の防止、国民からは税務申告手続きの簡易化につながり、社会保障においても生活保護等の公平な支給と不正受給の防止等の公平な社会の実現に威力を発揮することは間違いありません。また将来必ず議論されなければならないであろう「税と社会保障の一体化」の観点では、ベーシックインカムや給付税額控除制度を構築するために必須の事項ともいえます。そして何より、人口減社会において公務員数減による人員をより重要な行政事務に集中させることにもつながり、国民にとっても非常に有益なインフラとなると考えられます。

4 個人情報保護とマイナンバー

(1)個人情報の分散管理

  マイナンバーは、行政機関において分散管理をしています。連携した情報を名寄せして統合管理する方法はとられていません。また行政機関相互間では、マイナンバーそのものではなく「機関別符合」を用いて個人情報がやり取りされるようシステム設計されているため、マイナンバー自体が漏えいしたとしても、その番号に紐付けされている個人の情報がすべて洩れていくリスクは極めて低くなっているのです。

  しかし、番号法施行当時、従業員等から個人番号を集めて行政機関に提出する事務を民間企業等に委ね、マイナンバーを個人情報よりも重要な情報であるとして厳格な保護措置の必要性が喧伝されました。民間企業等もこれに応え、大幅なシステム改修などを行うことを余儀なくされました。

  本来ならば、マイナンバーはクレジットカードの番号のように、それ自体が開示されてもカード取引のすべてが開示されてしまうことにはなりませんから、むしろこのナンバーを利用して、電子化をすすめ行政手続や民間企業の利用を進めることで、スマートシティを作っていくことが前提とされているのです。

  ところが、国がマイナンバーの最重要性を喧伝したからか、マイナンバーにはすべての個人情報が紐付けされているとの誤解が生じています。銀行預金口座との強制的な紐付けがなされるということは、国が国民のすべての預金口座や口座取引情報を取得してしまうのではないかという懸念があるように思います。

  マイナンバーと銀行口座が紐付けされたからといって、直ちに、国にすべての口座取引情報が把握されてしまうということはありません。番号法に基づいて、情報連携の目的とやり取りする情報の特定がなされますので、むやみに国が国の口座取引すべてを把握できることにはなっていないのです。

(2)マイナポータル制度

  また「マイナポータル」によって、行政機関が保有する自分の個人情報を確認し、どの情報が行政機関同士でやりとりされているのかを知ることができる制度になっています。紙ベースで行われている行政機関相互の情報交換では、行政機関同士でどのような個人情報をやり取りしているのかが、私たちには全く開示されていないことと比較すると、個人情報の保護という面からは国民にとって非常に有益といえます。

5 国民の懸念

  もちろん、マイナンバーとすべての銀行口座が紐付けされれば、相続税の申告の際に、税務署が把握できていない預金口座を結果的に隠しとおすことができないというデメリットはあるでしょう。しかし、これは納税の公平性からして保護に値しない利益というほかありません。

  しかし、これらの違法目的を除いても、国民のほとんどは、マイナンバーとすべての銀行口座が紐付けされれば、システムのエラーで情報が洩れるのではないか、あるいは政府によるむやみな個人情報取得が発生し、国に預金取引のすべての情報を把握されてしまうことになるのではないか、それは嫌だと感情的になっているのが実態だと思います。

  やはり根本的な懸念は、システムへの懸念です。防衛省や民間企業の機密情報へのサイバー攻撃が相次いで発覚しています。果たして、国や地方公共団体のマイナンバーによる情報連携システムは、サーバー攻撃に対する防御措置が十分にできているのだろうかという懸念があります。コロナ対策においても、特別定額給付金のシステムにバグが発生し、また接触確認アプリでも不具合が見つかりました。

  二つめは、政治と行政に対する信頼です。政府の公文書の改ざん問題があり、コロナ後にも特定の民間企業への多額の下請け問題、検察官の定年延長や高検検事長と新聞記者のかけマージャンなどが矛先に上がり、また専門家会議の議事録の公開非公開が問題になるなど、行政や政治における「不透明さ」「不公平さ」が拭えていません。また今回も、緊急時の給付金の円滑な支給という理由でマイナンバーの議論を盛り上げ、高市総務大臣も、マイナンバーと銀行預金口座の紐付けが今後の行政事務手続にとっていかに重要かということを言うのではなく、自分自身の親の相続の際にすべての口座がマイナンバーと紐づいていれば相続手続が便利だったはずだと、国民側の利便性を強調する発言をしたのです。

  したがって、行政機関等における情報の分散管理はなされている、法律にしたがい、適法な目的にしたがって適切に特定の情報連携を行うだけだと言われても、どうしても国民は、国がむやみに国民の個人情報を取得して利用するのではないだろうかと疑ってしまうのです。

  そして、三つめは、システムの現実論として、個人情報の提供に関する監視をして、自分の情報をコントロールするための「マイナポータル」を利用するためには、マイナンバーカードの発行に加えて、マイナポータル専用の機器(カードリーダー)を購入するか、自治体の窓口に行く必要があるなど、個人情報へのアクセスに関する整備が後回しになっていることが上げられます。

  国家としてのIT戦略にもかかわらず、行政手続のオンライン化は進んでおらず、中央省庁で全体の7.5%(日本経済新聞2020年6月18日朝刊)、地方自治体では全体の52.4%とされています(総務省・令和元年度情報通信白書)。マイナンバーの利用はデジタル国家つくり、スマートシティ構想、そして人口減社会の行政事務手続きの効率化の最重要基盤であることは間違いありません。

  政府は、国民に対して、マイナンバー制度に関する本質的な議論を開示し、システム整備を進め、かつ、自らがより高い透明性と公平性をもった政治、行政を行うことにより、全銀行口座との強制的な紐付けの必要性について、正面から国民に問うべき時期に来ているのではないかと思います。

(弁護士 井口 寛司)

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