ミャンマー訪問記【4 日本人墓地】
ヤンゴンの日本人墓地を初めて訪れました。
空港の北東、タクシーで20分くらいのところにあります。
ヤンゴン在住の写真家・通訳、兵頭千夏さんがアプリGrabでタクシーを予約してくれました。このアプリは、行き先を設定すると、ドライバーの顔写真も金額も出て、料金交渉が不要で、かつ記録も残るので、女性が1人でタクシーを呼ぶときも安心なんだそう。また、通常の料金よりも安いようですが、予約が成立すると電話がかかってくるので、ビルマ語が全く喋れないと、このアプリを使うのは難しそうです。
墓地は門を入ると真っ直ぐに中央の碑までには歩道が、そして左右にも県人会や個人の碑や墓などがあり、その間には木や花が植えてあって、整備された美しい公園のようになっています。
中央の碑までに進むうちに立ち寄った大きな碑に、持っていたペットボトルの水を掛けずにはいられなくなり、この、今来ても強烈な印象を受ける国に、兵士として来て、敗退を強いられ、過酷な時間を過ごし、望郷の念の中で亡くなっていった、誰かの父、あるいは叔父であった人たちのことを思うと込み上げてくるものを抑えられませんでした。
中央の碑まで進みますと、管理人でしょうか、女性が2人、参拝の我々に火をつけた線香を渡してくれました。今日は我々3人の前に、2人の参拝者がいたそうです。
酒とまでは行かずとも、せめて空港で大きなペットボトルの水を買ってくるんだったと思いながら、中央の碑に線香を手向けました。
記帳をし、左右の墓石も見て回りましたが、からゆきさんの墓もあるらしく、女性の墓碑も少なくありません。男性名は女衒の墓かもしれませんし、騙されるようにして連れてこられた女性の墓かもしれません。
阪神大震災で亡くなったミャンマー人の若い女性の留学生の墓石もありました。
タクシードライバーがショートカットをしてきた道の両側に広がっている庶民の家々での暮らしは、日本での我々の暮らしとあまりにも隔たりがありました。そして強い光を放つ大きな太陽、延び放題の草木や風や砂埃。
安らかに眠ってくださいと祈り、公園を後にしました。
(2019.2.10記す 石橋伸子)