ニュースレターVol.9 賃金規定に魂を入れる(高島 浩)

賃金規定に魂を入れる

1 一定の年収要件を満たす一部の労働者を、労基法が定める労働時間規制から外す高度プロフェッショナル制度。年収が一定額以上の一部専門職に適用することができ、対象となる労働者は自由な時間で働くことができる代わりに、長時間労働や休日深夜労働をしても割増賃金が支払われなくなります。
 柔軟な働き方を求める経済界が導入に賛成する一方で、過重労働を助長するとの反対意見もあります。

2 ところで、高度プロフェッショナル制度が導入される以前でも、同制度が適用されない業務で成果主義をとる会社において、残業をしても支給額が増えない仕組みの賃金規定が有効とされた裁判例があります。
 基本給と歩合給の合計額を通常の賃金額とするK社(タクシー会社)は、残業をして割増賃金が発生した場合、その額だけ歩合給(下図の「対象額A」)を減額する賃金体系を採用していました。割増賃金が発生しても手取り額が変わらない仕組みとなっていたのです。
 同社の従業員が未払賃金の支払いを求めた第一次訴訟において、第一審と差戻前の控訴審(東京高判平成27年7月16日)は、このように残業しても手取額が変わらない賃金規定は、割増賃金の支払いを強制する労基法の趣旨に反し、公序良俗に反して無効であると判断しました。
 これに対して最高裁(最判平成29年2月28日)は、『通常の労働時間部分の賃金』に関し、これをどのように定めるか労基法は特に規定しておらず、歩合給から時間外労働の割増賃金の額を控除する旨が定められていたとしても、当然に公序良俗に反し無効であると解することはできないと判示しました。また『割増賃金』に関しては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とに判別でき、かつ割増賃金として支払われた額が労基法に定められた方法により算定した割増金の額を下回らないか否かを検討すべきであると判示して、審理を東京高裁に差戻しました。
 そして、差戻後の控訴審(東京高判平成30年2月15日)は、労働時間の長短によって歩合給の金額に差が生ずるように調整を図ることは不合理ではなく(割増賃金が発生した場合に歩合給を減額する賃金規定も有効)、当該規定では通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することもできるとして、賃金規定を有効と判断しました。
 上記判決が指摘するとおり、所定労働時間内で一定の売上を達成した従業員の成果と、時間外労働をして同額の売上を達成した従業員の成果は同等です。このため、成果をもとに賃金を決める場合、割増賃金の額を歩合給から控除する(手取り額を同じにする)ことは、必ずしも不合理ではないと判断されたことになります。

3 他方で、上記最高裁判決後も、別のタクシー会社の賃金規定については、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができないとして、割増賃金を支払ったとは認められないとの判決が出ています(京都地判平成29年6月29日)。
 歩合給と割増賃金の設定方法は様々ですが、両者が明確に区分できるようにきちんと設計しなければ無効とされてしまうことに注意が必要です。

4 なお、このように成果主義型給与体系を導入し、無効とならないような賃金規定を整備しても、従業員に「残業しても賃金が上がらないようにするための規定」「残業させ放題」というメッセージと受け止められると意味がありません。企業として生産性をどのように上げていくのか、そのために従業員に対してどのような働き方を求めるのか、新たな賃金規定をなぜ導入するのか等、企業として明確なビジョンを示す必要があります。
 そして、成果主義型の賃金規定を導入した後も、労働時間の管理を行い、従業員が定時までに仕事をやり切るというモチベーションを高めなければ、生産性を高めるという目的は達成できません。
 賃金規定を導入して終わるのではなく、経営者としてメッセージを出し続けることが益々重要になってくると思います。

お問い合わせ