ニュースレターVol.9 家族信託(石橋伸子)
家族信託
今、再び、家族信託(民事信託)が注目されています。2006年に信託法が改正された際にも「これからはこれだ!」との期待や動きがありましたが、その後、高齢化社会の進展に伴って、家族信託を選択肢として検討したいと考える高齢者やその家族が徐々に増えてきていることなどが影響して、ようやく広がり始めたものと思われます。
そもそも信託とは、英米諸国で生成発展してきた制度で、信託設定者(委託者)が、信託契約や遺言によって、信頼できる人(受託者)に対して、土地や金銭などの財産を移転し、受託者において、委託者が設定した信託の目的に従って信託の利益を受ける者(受益者)のためにその財産の管理・処分などをする制度です。
例えば、夫に先立たれた独り暮らしの80歳を過ぎた女性が、自宅のほかに賃貸収入のあるマンションを所有しているとします。そろそろ賃貸マンションの管理には負担を感じ始めており、近くに住む長女に任せたい、そして自分が亡くなってしまったら賃貸マンションも含め、長女と次女に財産を引き継がせたいという場合などです。この場合、女性が委託者となって、長女との間で、「女性の財産管理の負担の軽減と女性が安心して生活できること」を信託の目的として、その女性を受益者として信託契約を締結します。女性が亡くなるまでを信託期間とし、信託終了時の財産は長女と次女に帰属することにでき、受託者である長女を監督するために次女が信託監督人とすることもできるのです。
もっとも、信託を使わなくても、女性がお元気なうちは、長女との間で、財産の管理を長女に委託する財産管理契約を締結し、認知能力が低下した場合は長女に後見人になってもらうべく、公正証書で、長女を後見人に指定する任意後見契約を締結し、また、ご自身が亡くなった後の財産の帰属については遺言書を作成しておくという方法もあります。
ただ、この方法ですと、万一、女性の認知能力が低下した後の人生が長い場合は、長女が任意後見人に就任しても、女性の資産を増やすことを考えて運用することはできません。してくことは困難です。後見人の基本的任務は財産を維持することとされているからです。この点、信託では、受託者である長女が、受託者である長女名義になった資産を信託目的にしたがって、運用することも管理・処分することができるのです。
もっとも、ときおり見かける、信託が「悩みを一挙に解決」したり、「絶大な効果」をもたらすということだけが強調されるのはちょっと危なっかしい感じがします。むしろ、我が国では、信託の歴史が浅いだけに、失敗を含めた経験値も少ないことから、ご自身の資産管理で家族信託を取り入れる際には、実務家とともに十分に検討していただきたいですし、また私たち弁護士はもっと積極的に取り組んでいくべきだと思っております。
前提としておくべきは、信託契約は相当自由に設計できる制度ですから、「ひな形頂戴、じゃ、それにサインしておくからよろしくね。」という訳にはいかないということです。家族信託に尽力されている弁護士の遠藤英嗣氏は、その著作の中で「信託は『創造すること』が必要で、担い手である実務家には企画力と制作力が求められる」と述べておられます。
信託終了時の資産を誰に帰属させるかを定めるにあたっては遺留分への配慮が必要です。また、家族信託に対応する税務の優遇制度は今のところありませんが、課税がどうなるのかについては常に検討する必要があります。などなど、論点は多くありますが、その過程がまさに、ご自身と大切な家族の人生の創造であるわけです。