ニュースレター Vol.9 隠ぺい問題~内緒の話と「公開・公表」の間にあるもの~(井口寛司)
隠ぺい問題―内緒の話と「公開・公表」の間にあるもの―
1 内緒の話は、どこでも、誰でもがしています。「あんただけやで。他には言わないでね。」秘密の話は、個人と個人のコミュニケーションやネットワークづくりとして、あるいはまた組織間での重要機密情報伝達としても重要なものであります。ですから、内緒の話まで、なんでもかんでも外に話してしまうような人とは、誰もが正常なおつきあいはできないだろうと思います。
これに対して、企業や政府、自治体が、組織内の情報を社会に公開・公表せずに「非公開扱い」としてしまう場合に「隠ぺい」と非難される事態が起こります。「隠ぺい」とは、公開・公表すべき情報をことさらに隠してしまうことですから、いったん「隠ぺい」とレッテルを貼られてしまいますと、その組織に対する社会からの信頼は失墜し、回復する作業は困難を極めることになります。社会的な責任を負っている組織にとって「公開(公表)」か「非公開」かの判断は極めて重要なことがらだということになります。
政府や自治体は当然のこと、私企業もたとえ小さい規模だとしても、さまざまな人や組織と利害関係を有しています。ユーザー、消費者、取引関係者、投資家や従業員、株主がいて、また監督官庁が存在します。組織は社会の一員として、すべての利害関係者を大切にし、情報を適切に公開公表することで情報を共有してもらい、その関係者の利益を害さないように保護しなければならない社会的な責任を負っています。
2 組織が「非公開扱い」との判断を行うときには、情報を受ける側あるいは非公開によって受け取れない側のことを考えることが重要です。例えば、消費者の生命や身体、財産にかかわる事項について、情報を受け取れない消費者の利害は深刻です。内部の不祥事だとしても、社会的な責任に応じて、受け取れない側からは「私たちを重要視していない」と批判され、それによってその組織の信頼が失墜してしまうことになります。情報を受け取るべき利害関係者の利害を想像し、「非公開扱いにするか否か」を判断すべきだということです。
3 しかし、相変わらず世間では「隠ぺい」だとされる事象があとを絶ちません。後に、「隠ぺい」「組織的隠ぺい」などと非難されたら、その組織のやることなすことすべての行動に信頼がなくなっていくことが自明にもかかわらず、それがあちこちで起きています。
私は、この問題は、「秘密の話」と「公開・公表」の中間に存在する「組織内の『「情報共有」』」の在り方に問題があると考えています。一人の人間が何かに気付きます。それをとりあえず信頼できる人に伝達します。「どうもおかしなことになっている気がする」という気付き情報です。これが組織内外の利害関係者にとって重要な情報である場合、その情報は組織的に「共有」されなければなりません。その情報が組織内の適切な部署、経営陣など組織のトップに共有され、トップがその情報をいかに「コントロール」するかを判断することになります。「公開と非公開」、「公開の時期」、「優先順位」、「その方法」などを組織のリスク管理として判断していかなければなりません。トップがこれを誤ってしまってはおしまいですが、トップがこの判断を合理的かつ適切に行えば、その組織はその情報について「隠ぺい」したなどと批判されることはありません。組織内においても有効に作用します。
4 ところが往々にして、情報を受け取った人が「共有すべきであること」を感じずにその次に伝えないことが起こります。最初の気付き情報が、トップの判断を行う前の段階で消えてしまったとしたら、その組織は、存続自体揺るがせかねないリスクにさらされることになります。
情報のリスク管理にとって、この気付き情報の「共有」は極めて重要な問題です。その情報は、当初「うわさ話」のような体をなしているかもしれません。「私個人のミスだ」と個人的な情報のような体をなしているかもしれません。しかし、トップがリスク判断するにあたって、その情報はもしかしたら極めて重要な情報であるかもしれないのです。つまり、組織の全員が、この気付き情報の重要性を即時に判断しなければならないのです。
5 「不祥事」が起きると、第三者調査委員会が設置されることが多くなりました。そして委員会は、目的や理念、コンプライアンスを徹底すべきだ、組織文化を抜本的に見直すべきだ等という意見を報告します。この「組織の理念等の徹底」「組織文化の見直し」とは、まさに、組織の全員が、情報の重要性の有無、程度についてあまねく「同じ基準」を認識し、共有しておくことの重要性を説いているのです。
一人一人が、「内緒」にしてよい話なのか、「共有」していかなければならない問題なのかを即時に判断するためには、組織の全員が、組織の目的を共有していることが重要になります。
そのためのポイントは、一人一人が「自分のこと」と「組織のこと」を区別して考えられる自立した人間であることです。自分のことと組織のことが頭のなかで混戦してしまっている人、組織よりも自分の立場を重視して考える傾向にある人は、秘密にしてはいけないことを内緒話にし、その情報をひとりで抱えてしまうなど、もっともリスクが高い人に位置付けられます。
したがって、トップは、常に組織の判断基準を示し続け、人事評価や日々の指導教育においても、トップと意見が同じかどうかではなく、組織の目的や理念を理解して自立して判断できる人を重視していかなければならないと思います。
6 最終的には、トップの感度が極めて重要です。自分自身がガラパゴス的な価値観にそまっていたのでは、公開・非公開の判断ができません。したがって、組織内情報共有と組織外への公開・公表の一歩手前の段階に、トップによる第三者との「情報交換」が重要だと考えます。個人的なネットワークがあり「内緒」が通じる友人であってもよいですが、それよりも法律的な守秘義務を負った弁護士がこの役割を担えます。自分たちでは気付きかなくても、「第三者」からは意外とその組織の文化や癖は見透せるものなのです。
もし、あの時、あの情報がどのような意味をもつのかについて、外部の第三者と議論できていたら、その組織の「隠ぺい」批判は回避できたかもしれないのです。そのため、トップが外部の意見をどれほど対等に取り込めているかが極めて重要だと思います。目的を共有しながらも、他の意見を取り入れていく組織。風通しの良い組織とは、そういう組織のことを言っているのだと思います。